TamancoBuco
ブラジル北東部、ペルナンブーコ(Pernambuco)。
世界的な注目も高い独自の音楽文化を持つ土地。
原住民インヂオたちとアフリカから連れてこられた黒人たちとが出会い、エネルギーいっぱいに多様な文化をうみだした。
伝統的な多くのリズムと、その音楽を大事に育ててきた、たくさんの人々のこころで満ちている場所。
TamancoBucoは、
ペルナンブーコの音楽を伝える女性6人グループ。
全員でパーカッションを叩いて、全員で歌う。
オーガニックでパワフルなアコースティックサウンドと女性らしい華やかなコーラスが重なりあう。
アウファイア、ハベッカなどの北東部独特の楽器を使って、
ココを中心にマラカトゥ、アフォシェー、シランダなどペルナンブーコの多彩なリズムを演奏。
日本ではまだ紹介されることの少ないペルナンブーコの音楽。
その魅力をもっと知ってほしい。もっと聴いてほしい。
みんなで踊ればこわくない。
結成は2004年。ブラジルでの音楽遊学から戻ってきたリーダーゆうこの呼びかけ。
「TamancoBuco」 = 「TAMANCO 」(ココを踊るときに履く木底のサンダル) +「BUCO」 (Pernambucoのbuco)
「ブラジル・フェスティバル2007」
中原仁氏プロデュース「J-WAVE NOEVIR SAUDE! SAUDADE... CARNAVAL 2007」
Alexandreプロデュース「Bem Brasil」など各ブラジルイベントに出演。
2007年にはミニアルバムを発表し、ブラジルのラジオ局でも放送される。
その活動は、ブラジルのTV局・GLOBOの人気番組「Altas Horas」に取り上げられるほか、ペルナンブーコの地元新聞「Jornal do Commercio」でも大々的に紹介された。
東京とペルナンブーコの架け橋となる存在である。
また、ペルナンブーコのリズムをライブとは違う距離で感じてもらおうとワークショップも開催している。
yuko
8月3日生まれ
神奈川県出身
ハートフル・パーカッションをめざす
イエマンジャの子。
アウファイアへの愛情では誰にも負けないよ。
黒い人たちのグルーヴと土から生まれるかっこいい音楽が好き。
血が好き。原点を感じるものが好き。
音は、自然と人と自分の身体とのコミュニケーション。
東京外国語大学ポルトガル語専攻卒業。
在学中よりブラジル音楽を聴き始め、1年間バイーア・サルヴァドールに滞在。
本格的にタイコを叩き始めた場所。
マッチョなバイーア音楽も好きだけど「やっぱりあたしは女だー」。
帰国後、TamancoBuco結成。
その後、2度に渡りブラジル・ペルナンブーコに滞在。
レシーフェのアフォシェーグループに入り、その仲間から
ココ、カンドンブレ、マラカトゥなどいろいろなペルナンブーコのリズムを学ぶ。
原住民Fulni-o^族の村、A´guas Belasを訪れ、村に来た初めての日本人として厚い歓迎を受ける。
レシーフェのカーニヴァルに地元のグループとともに参加。
新聞取材、ラジオ出演、TVインタビューを受けるなど精力的に活動し、現地のアーティストともいっぱい友達になる。
健康第一。笑顔一番。
takae
4月24日 東京都生まれ。
小学校、自分に不可能はないと思っていた時代。
怖いもののない、ある意味人生のピーク。
中学、高校と部活に励む青春時代。
大学、フランス語を専攻し、一年フランス留学。
終わりの3ヶ月は一人でバックパック背負ってヨーロッパ一周。
貧乏旅行だったけど、超贅沢で人生の財産になる。
これをきっかけに、旅行に魅せられ、その後も何度か一人旅の衝動にかられて出掛けている。
音楽を始めたのは、幼稚園の時のピアノのお稽古。
ブラジル音楽と会ったのは、大学のサークルにて。きっかけは本当に偶然。
少しづつ楽しさを知っていく中で、「BaguncaMasNaoSai」というサンバを楽しむ集まりに参加。
そのメンバーとその周囲に集う人々に、様々な事を教わり、ブラジル音楽が一層好きになっていく。
タマンコブーコは、もちろん欠かすことの出来ない存在。
色んな発見をしつつ、じわじわとはまっていく毎日。
タマンコブーコを通して、色んな経験をしたり多くの人に出会うことが、最高に幸せ。
今は、会社づとめにも精を出しながら、充実した毎日を過ごしている。
hiroko
熊本県熊本市出身
9月25日生まれ
小学校〜高校までを地元熊本で過ごす
母親の影響で幼少からクラシックピアノを学ぶ
高校時代に短期滞在したイギリスで
ルームメイトや、クラスメイトとして数名のブラジル人と出会う
ダンスやお酒で漠然とラテンパワーを知る
地元のクラブでラテンやハウスのイベントに出かけ、
ブラジル音楽とは知らずに聞き始める
大学でブラジル音楽のサークルに入る
同時に、初めて数々のブラジルの楽器とも出会う
それまでパーカッションの経験は全くなく、幾つかの楽器を演奏してみるものの、
幼少からクラシックピアノを学んでいた名残で、
ForroやAxeのバンドでキーボードやアコーディオンが定位置となる
TamanncoBucoのメンバーともこのサークルで出会い
結成から半年遅れて、2004年冬にアコーディオンでゲストとして初参加
2005年春、リーダーゆうこが2度目のブラジル留学に旅立ったのをきっかけに
パンデイロを叩き始め、TamancoBucoのメンバーとなる
メンバーのたかえにパンデイロの基本の叩き方、リズムなどを教えてもらい、
深夜の環七の歩道橋でこそこそもくもく一人練習する
帰国したゆうこに、パンデイロを初め、その他の楽器・リズムを教わり
練習しながらライブを重ねる
yoko
へその緒を首にまとい、
未熟児の逆子として北海道は札幌の地に誕生。
初めて歌った歌は「浪花節だよ人生は」
初めての愛読書は「赤毛のアン」
初めて猛練習したものは「アルプス一万尺」
18歳で大学に通うため上京。
スペイン語とブラジル音楽に出会う。
ラテンアメリカへ恋に落ちる。
キューバに留学。深みにはまる。
現在は翻訳とバンド活動を中心に人生を展開中。
好きな生き物はカメ
好きな食べ物はイカとスイカ
好きな季節は夏
好きな匂いは祭の匂いと地下室の匂い
naoko
徳島県出身
6月5日生まれ
小さいときから背が高く、
夢はタカラジェンヌだったことも。
ピアノ・バレエを習うが身につかず。
大学に通うため上京。
それまでの阿波弁の世界との違いに驚く。
地元は落ち着く場所。
東京は生活をする場所になる。
サークルの同期としてメンバーに出会う。
一生ものの出会い。
ブラジル音楽について教えてもらいながら少しずつ学ぶ。
同期バンドの一員としての活動を開始。
インド留学により一時休止。
リーダーゆうこの持って帰ってきてくれたグルーヴ&音楽に感化され活動を再開する。
大学卒業後も音楽活動を続けていくことを決意。
今はサラリーマンをしながら、
TamancoBucoというギャルでありおっさんでもある人々に囲まれている幸せ者。
nanami
7月27日生まれ
石川県金沢市出身
欲しいものはわかっています。
どうやって手に入れる?
ごきげんよう。通いRabeqeiraです。
曇り空、雨と雪の多い美しい町に育ちました。
2000年、身体の中に湿気を溜めこんで日本の心臓、東京へ。
会うべくして、みんなと出会いました。
いまはある決意のもと大阪に暮らしていて
レシーフェのしっとりしたオレンジ色の蒸し暑さに毎日憧れています。
でもここは日本ですから、渇いてきたら
ビールでそりゃもうびっしょびしょにします(自分を)。
そのうえ、ツルムラサキ、モロヘイヤ、なめこで、ヌルッヌルにしてやります。
さらに、ときどき東京へ帰ってみんなにまみれて、ハベッカを弾く。
これでわたしの心と身体はまた、うるおいはじめるのです。
さて、ハベッカについて少しだけ書きます。
TamancoBucoが保有するハベッカが、
日本に現存するハベッカの90%を占めると思われます。
私のはMestre Saluの手から渡してもらった宝物。。
帽子かぶっててきちんとな感じがぐっときます。
だから、今度、よく見て。
やわらかい木で作られているので空気中の水分量で音が変わっていく。
海から風が吹いたら。お客さんが汗をかいたら。わたしがよだれをたらしたら。
「田舎バイオリン」「素朴なブラジルのバイオリン」と説明が加えられます。
まさにそのとおり。